お茶を定義するもの-地理的表示(GI)について
「さまざまな名茶」では、中国茶・台湾茶のさまざまな名茶を紹介していきます。
紹介をしていくにあたり、お茶の定義を行っている仕組みについてお話ししておきます。
本物と偽物の境目
中国茶だと、本物だとか偽物だとか言われることが多いように感じるんですが。。。
(苦笑)まあ、そういうイメージは強いよね。実際、コピー商品はあるし、なんかいい加減な印象はあるのかもしれないね。ただ、コピーなどの被害をもっとも受けているのは、地元である中国の業者さんなんだよね。そんなこともあって、最近はかなり厳しく取り締まりをするようになっています。ここで質問。本物と偽物ってどうやって決めると思う?
え、本物と偽物の違いですか?うーん、何だろう?やっぱり品質が良くて美味しいものが本物で、そうじゃないものが偽物なんじゃないですかね。
品質が良い、というのは良さそうだね。ただ、その”品質”というのはどうやって認定するかのルールは必要だよね。あと「美味しい」というのは、あくまで評価する側の主観的な感想になっちゃうから、たとえば、自分の好みではないお茶だった場合は”偽物”と判定することになっちゃうけど、それじゃ不都合が出てきそうだよね?
そう言われてみれば、そうですね。本物と偽物って、スパッと分けるのは、案外大変ですね。。。
そこで必要なのが、お茶の定義なんだよね。いくつか条件を決めておいて、それをクリアしたものが”本物”と認定される。実は、最近の中国はそういう認証制度にかなり力を入れていて、その典型的なものが、”製品標準”と”地理的表示(GI)”なんだよね。
お茶を定義する”製品標準”
地理的表示(GI)は以前にも出てきましたけど、”製品標準”って何ですか?
中国語の”標準”というのは、英語でいうと”Standard”、日本語でいうと”規格”という意味だね。製品の条件みたいなものが書いてある定義書のようなもの。こんな感じの文書になっている。
この文書の中に、安渓鉄観音とは何か、という定義が書かれていて、生産地域だったり、原料となる茶葉の基準(品種や大きさ等)、お茶の製法の流れ、お茶のバリエーション(種類・タイプ)、さらには等級を見分ける基準などが書かれています。これを国や省などの政府だったり、そのお茶業者の業界団体など、公的なところが配布しているんだよね。この文書を根拠に、本物と偽物を見分けているわけ。
それは、まさに知りたいことじゃないですか!
そうなんだけど、あまり一般に出回ってないんで、知らない人も多いんだよね。
え、何でですか?
このような文書できちんと定義しはじめたのは、1990年代ぐらいからで。本格的な動きになったのは2000年以降。それから今では400~500種類ぐらいのお茶については、この手の文書が出ているんだけど、法律みたいな堅い文書だから、あんまり業者さんも紹介しないんだと思う。
普及してきている”製品標準”
あまり紹介されることの少ない”製品標準”ですが、中国ではメーカーが出荷する製品については、どのような”製品標準”に基づいて製品を作ったかを明記することになっています。
いくつか、実際のパッケージをご紹介します。
たとえば、これは黒茶の一種である、金尖茶のラベルです。
いわゆる「蔵茶」というチベット向けのお茶ですね。
左の方から見ていくと、名称が金尖茶。次は内容量で650g。原料は茶樹の生葉。それ以外の材料、添加物は含まれていない、ということです。
産地は四川省の雅安市。次にある「GB/T 9833.7」というのが、このお茶を作るために参考にした製品標準『緊圧茶 金尖茶』の番号です。
右には保存期限やメーカーの名前、住所、連絡先などが書かれています。
メーカーが作ったお茶は、出荷する際にこうしたものを全て記載することが義務づけられています。そうしないと法律違反なので。もっとも、茶葉市場とか農家で量り売りで買うときは義務づけられていないんだけど。メーカー製の茶葉には必ず書いてあるはず。
もう1つ見てみましょう。
これは鉄観音の缶にあった記載なんだけど、5行目の「GB/T 30357.2」が国家標準『烏龍茶:第2部分 鉄観音』の番号で、この規格に合わせています、ということです。この規格には、鉄観音は3タイプあることになっているんだけど、この製品はそのうちの”清香鉄観音”というタイプ。そして、その規格に書いてある”特級”という規格に合致しているということが読み取れるわけ。
中国茶って、等級がたまに出てきますけど、あれはお店が勝手に決めているわけではないんですか?
今、中国では等級を書く場合は、必ず規格にあるものに従うことになっているからメーカーのもので外れることは基本はないはずです。罰則規定があって、あまりに違う場合は、消費者に補償しないといけないことになっているので。ただ、日本のお店で販売している場合は、そのあたりの決まりがないから、お店の中でのランクと考えた方が無難かもね。
地理的表示について
”製品標準”は、その名前のお茶を指定するだけなのですが、お茶の多くは地元の特産品であることが多く、その産地の名前がブランドになっていることもあります。
このような「産地をブランドとして名乗りたい」という場合は、中国では”地理的表示(中国語では地理標志・地理标志)”という仕組みがあります。
シャンパンと同じようなもの、でしたっけ?
そうそう。原産地を指定したい場合のものだね。地元のお茶の生産者団体などが明確な定義を定めて、国に申請を出し、承認された場合に発効します。日本でも同じ仕組みが2015年からスタートしています(農林水産省ホームページ)が、お茶の登録は2020年4月現在では「八女の伝統本玉露」だけです。一方、中国は早くからかなり力を入れており、既に350種以上のお茶が登録されています。登録されている製品で正規の使用許可を得ているメーカーの製品には、冒頭の写真の右側にあるようなマークが貼られていたりします。
350種以上も!となると、ほとんどのお茶が登録されているんじゃないですか?
いや、これでもまだまだだよ。とはいえ、地理的表示製品に登録されているお茶については、産地や製法などの基準が”製品標準”などで確定していることが多いから、割と確実なお茶の定義が説明できると思います。
ある程度、確実な定義が分かるということですね?
そういうことになるけど、注意点を先に話しておくと、今の時点で決まった定義が未来永劫変わらないわけじゃ無いってことね。新しいタイプのお茶が出てくれば追加することもあるし、時代の変化に合わせて書き換えられたりすることもある。とにかく中国の茶業界は動いている最中なので、”あくまで現時点の定義”ということで見てください。あと、法律の文書みたいなものなので、実態よりも大きく書いていることもあったり、逆に小さく書いていることもあるから、そこは現地の実勢の状況なども補足していきたいと思います。
台湾のお茶について
台湾のお茶についても、同じようなものがあるんですか?
実は台湾のお茶については、あんまり明確な基準がないんだよね。地理的表示の制度も始まりつつあるんだけれども、今ひとつピンときていない生産者が多い気がする。日本と同じような状況かな・・・
え、意外ですね。台湾の方がしっかりしていそうな印象がありますけど・・・
茶業界の状況が違うからだろうね。中国は急成長産業なので、全くお茶を作ったことのない人が急に作りはじめることがあるので、最低限の基準を明文化しておかないと困ってしまう。しかし、台湾や日本は市場として成熟しきっていて、新規参入組は少ないし、まあだいたい常識的な範囲は守るだろう、という信頼感があるのかな、と思う。あとは、何らかの定義を決めるというのは産地に摩擦を生みやすいからね。その調整をやるのは民主主義の国では大変な苦労になるので、政府からの指示を通しやすい、中国の国情ってところもあると思う。
そういうのがあれば良いなあと思ったんですけど、なかなか難しいんですね。
説明する側としても、根拠を持っている方がお伝えしやすいんだけどね。まあ、台湾については多くの茶業者さんや生産者の方が同意出来るようなラインというのがボンヤリと決まっているので、できるだけ実情に沿った形の説明をしたいと思います。
いよいよ、一つ一つのお茶の話を始めるわよ。
早くお茶飲みたい!
続く。