中国茶の勘所は”発酵”
お茶の”発酵”とは?
烏龍茶や紅茶などを勉強すると、必ず”発酵”という言葉が出て来ます。
ところが、これは世間一般で思われている”発酵”とは、いささか違うものです。
まずはそのあたりから整理してみましょう。
さて、”発酵”をさせた食品といえば、どんなものが思い浮かぶかな?
えーと、味噌や醤油、それから納豆にチーズ。あ、お酒もだ。
うんうん。大体そのあたりのものが挙がってくるよね。麹菌だったり納豆菌のような、菌が作用する”発酵”だね。お茶にも”発酵”があるんだけど、多くのお茶では、菌は関与しないんだ。
菌が働かないのに、発酵なんですか?
これは、誤解がそのまま定着しちゃったという話なんだけど。紅茶を作るときに茶葉が紅くなる理由を、当時の人は、おそらく菌の作用だろうということで、お茶の葉が紅く変色していくことを”発酵(fermentation)”と呼んじゃったんだよね。ただ、実際には微生物ではなく、茶葉が持っている”酸化酵素”の働きでお茶の成分が酸化して変化する反応だった、というのが後になって分かったんだ。
えー、それは紛らわしいですね。菌じゃないとハッキリ分かった段階で、呼び方を変えてしまえば良かったんじゃないですか?
その通りなんだけど、最終的に菌ではないと確定したのは1940年代に入ってからなんだよね。それまでに、この現象を発酵と呼ぶことが慣習化していたので、そのまま残っているというわけ。もっとも、最近では欧米などで本来の言葉である”酸化(oxidization)”という言葉を使おうという動きは出ている。日本や中国では、”酸化”にはネガティブな響きもあるので、あまり一般的ではないね。
ワインやコーヒーで酸化した、というと悪くなったように取られることがあるのよね。
”発酵”で変わるもの
お茶で、発酵が起こると何が変わるのでしょうか?
それを理解するためには、まず、
1.発酵で変化する成分とは何か?
2.変化する成分とそれを促す酵素(酸化酵素)はどこにあるか?
を掴んでおく必要があります。
発酵では、複雑な化学変化が起こっているんだけど、分かりやすい部分を2つ挙げてみようと思います。1つはポリフェノール(特にカテキン)の変化。もう1つは香気成分の変化です。
ポリフェノール!なんだか身体に良さそうな響き。
茶ポリフェノールとカテキン
ポリフェノールというのは、どんな植物でも大体含まれていて、色々な機能性を持っているものもあります。お茶に特有のポリフェノールをまとめて”茶ポリフェノール”と呼んだりしますが、一番有名なのは、カテキン(類)ですかね。
あ、カテキンはポリフェノールの1つだったんですね。カテキンは聞いたことあります。高濃度茶カテキン配合!とか。
お茶の中でも色々な機能性(健康に与える効果など)が研究されているものなので、割とよく出てくるよね。それから、カテキンっていうのは1つの物質だけではなくて、ある程度、同じような特性を持った仲間が沢山あり、まとめて”カテキン類”という形で呼ぶことが多いかな。
えー、なんかスッキリしない感じなので、全部知りたいです。
じゃあ、有名どころのカテキン類の名前を挙げると、エピカテキン(EC)、エピガロカテキン(EGC)、エピカテキンガレート(ECg)、エピガロカテキンガレート(EGCg)に・・・
・・・聞いた私が悪かったです。似たようなカタカナばかりで、全然頭に入ってきません(泣)
そうなるよねぇ(苦笑)。まあ、消費者として押さえておくべきことは、カテキン類は味わいについていえば、苦みや渋みの成分であるということ。あとは、基本的にカテキン類は無色であるということ。
あー、だからカテキンが沢山入っているという、あのトクホのお茶ペットボトルは”苦い”って宣伝してるんですね。
お茶の渋み成分を総称して”タンニン”と呼ぶこともあるけど、苦渋味のあるカテキンはそこにも含まれるわね。
無色のカテキンが色素を持つ成分に変化
カテキンが茶葉に含まれている酸化酵素と触れ合うと、他のカテキンとくっついていきます。これを”重合”といいます。で、カテキン同士がくっついていくと、”テアフラビン(中国語では茶黄素)”という別の物質になります。
テアフラビン。どこかで聞いたことがあるような・・・
時々、健康番組みたいなので紹介されているかな。カテキンは無色だという話をしましたが、テアフラビンは明るい赤色(橙色)になります。テアフラビンから、さらに発酵が進む(重合が進んでいく)と、今度は”テアルビジン(中国語では茶紅素)”という濃い赤色の物質になります。
発酵が進んでいくと、色が赤っぽくなっていくというわけですね。なるほど。
紅茶のあの紅い色は、テアフラビンとテアルビジンのバランスでできている色ということだね。ただ、調子に乗って発酵をさせすぎると、今度はテアブラウニン(中国語では茶褐素)という褐色の物質に変わってしまう。そうなると、紅茶の色が黒っぽく、美味しさもなくなってしまうので、その前のタイミングで発酵を止める必要があるわけ。
紅茶は、全発酵と聞いていたので、勝手に発酵が止まると思っていました。
そんなに簡単だったら、紅茶を作る人は苦労しないよね。実際は、茶葉の状況を見ながら、職人技でタイミングを見極めているんだよね。
全発酵だから、とにかく発酵させればいいんだろ、では良い紅茶はできない!
(・・・まともなことを言ってる)
実際のお茶の湯の色、専門的には水色(すいしょく)といいますが、これはベースの緑色に色素成分であるテアフラビンやテアルビジンなどが溶け込んで構成しています。
緑茶のように発酵がほとんど行われていないものは、緑色が強く、発酵が進むにつれて、黄金色のような黄色みが出て来て、徐々に赤っぽくなっていくわけです。
香りの変化
お茶の色は分かりましたけど、香りはどうなっているんですか?
香りの変化については、実はまだ良く分かっていないことが多いんだよね。人間の鼻のセンサーは本当に敏感なので、僅かな成分でも香りを感じる。ところが、それを科学的に捕まえるのは微量過ぎて容易ではない、ってこともある。
そういえば、アロマを勉強してた友達がいるんですけど、化学用語が多くて大変と言ってましたね。
とはいえ、ある程度のことは分かっていて、発酵が進んで行くにつれて、香りの元になる物質(前駆体)が、加水分解されて芳香成分に変わっていくんだよね。発酵が軽いうちは、花のようなフラワリーな香りが出て来て、発酵が進むにつれて、果物のようなフルーティーな香りだったり、甘い香りが出てくる。もっとも、これには発酵だけではなくて、元々茶葉が持っている前駆体の量やバランスが関わってくるので、品種は重要になるね。
そういえば、台湾で飲んだ高山烏龍茶は、花のようなふわっとした香りがして、東方美人茶は甘い香りがしてました。あれが発酵による香りの違いってことですかね?
うん、大まかにはそんな感じだね。東方美人の場合はちょっと別のニュアンスもあるんだけど、それはまた追々。
今日の内容は化学用語が出て来たりしたので、ちょっと難しかったかもしれません。
ただ、全てを覚える必要は無く、以下のまとめのポイントを覚えておけば大丈夫です。
中国茶のバリエーションや多彩さを生み出しているのは、まさにこの”発酵”にあります。
”発酵”を理解することが中国茶の勘所と言えると思います。
<今日のまとめ>
・お茶の”発酵”とは、基本的には菌によるものではなく、酵素による酸化反応のことである。
・茶ポリフェノールの中で有名なものはカテキンで苦渋味の成分。それらが発酵によって別の成分に変わることで、お茶の色合いが変わる。
・発酵を進めている過程で、香りの元になる成分が変化し、花のような香りや甘い香りを生み出す。
・中国茶のバリエーションを生み出す鍵は”発酵”にある。
続く。