黒茶-渥堆で成分を転化させたお茶
六大分類の茶類、いよいよ6つ目の黒茶です。
日本では誤って情報の伝わっていることの多い茶類かもしれません。
黒茶の定義
まず、中国における黒茶の定義をご紹介します。
黒茶もまだ国際的な規格・定義はありません。
2.14 黒茶(黑茶) dark tea
生葉を原料とし、殺青、揉捻、渥堆、乾燥などの加工技術を経ることによって生産された製品。
【出典】中華人民共和国・国家標準『茶葉分類』GB/T 30766-2014
黒茶でポイントになるのは「渥堆(あくたい)」という工程です。
渥堆以外は、緑茶とほぼ同じ工程なので、緑茶の製法をきちんと理解しておくことが大事かな。
緑茶の回でご紹介しましたが、緑茶は炒青緑茶、烘青緑茶、晒青緑茶、蒸青緑茶の4種類があり、そのうち、黒茶に用いられるものは基本的には晒青緑茶です。
緑茶は基本的に殺青を行いますが、その際に熱の加わり具合にムラがある場合などに、酵素の一部を壊しきれず酵素が残存することがあります。
炒青緑茶や烘青緑茶は、その後も乾燥工程で温度が加わるため、そこで殺青で壊しきれなかった酵素も働きを止めることが出来ますが、晒青緑茶は天日干しのため、酵素の破壊に至るまでの高温にはならず、酵素が残存したままになります。
黒茶は一旦、緑茶として作られたお茶を原料として作るんだけど、この時に酵素が残っていると、この後の工程で茶葉の成分の変化を促すことになるので、晒青緑茶であることが重要なんだよね。一時、プーアル茶ブームの時に烘青緑茶を原料にして緊圧した、プーアル茶もどきが出回ったんだけど、それらのお茶には好ましい変化が少なく、ただ古びただけのお茶になってしまった。
晒青緑茶を原料にする、というのが大事なんですね。
今は、プーアル茶の規格にも、”指定された地域内の雲南大葉種晒青茶を用いること”という表記があるように、晒青緑茶を使うことが必須条件になっているね。
渥堆とはどういう工程か?
黒茶の鍵を握るのは、渥堆という工程です。
この工程については、現在でも基本的には公開されないことになっています(※)。
※黒茶は主に少数民族が日々の生活に欠かせない栄養源として飲む日用品として出荷されています。中国政府にとっては少数民族政策を左右する戦略物資なのです(他国にコピーされては独占供給が出来なくなる)。
とはいえ、大まかな仕組みを知ることは出来ます。
まず、渥堆については、公的には以下のように定義されています。
2.8 渥堆(渥堆) pile
一定の温、湿度の条件の下で、茶葉を堆積させることによって、その内容物質を緩やかに変化させるプロセス。
【出典】中華人民共和国・国家標準『茶葉分類』GB/T 30766-2014
この文章だけでは、ほとんど何も分かりませんが、温度、湿度が鍵を握ることと、茶葉を堆積(山のように積み上げる)することは分かります。
実は渥堆のメカニズムについては、中国の専門家の間でも意見が割れている部分があります(後述します)。
そこで、多くの人が納得するような内容で書面に落とすと、このような曖昧な文章にならざるを得ないのです。
みんなが納得出来る最大公約数、という感じかしら。
簡潔に渥堆の変化を書くと、以下のようなものになります。
1.茶葉をうずたかく(堆く)積み上げ、水を撒き、茶葉に水分を含ませます(うるおす・渥す)。
2.茶葉が水分を吸う際に、発熱し、茶葉の温度が高くなります。
3.微生物に都合の良い、周囲より高温で水分のある場所が生まれるので、空気中の微生物が集まってきます。
4.茶葉の周辺で微生物が活動することにより、熱が発生し、茶葉の温度がどんどん高くなっていきます。
5.一定の温度以上になると、茶葉が焼け焦げる、有益な微生物が死滅するなどの弊害が起こるため、時々、茶葉をかき混ぜて、温度を均等にします(切り返し)。
6.茶葉に含ませた水分、微生物の活動による熱、残存した酵素による変化などの総合的な作用で、時間をかけて茶葉の成分が変質します(一例:カテキンが褐色の色素を持つテアブラウニンへ変化)。
ざっと書くとこんな感じかな。赤字で書いたものは茶葉の成分を変質させる要因となるものだね。元々、残存した酵素もあるし、熱、水分というのが加わると、茶葉は変質しやすくなる。黒茶は”微生物発酵茶”という言葉で語られがちなんだけれども、微生物以外にも変化の要素はあって、それらが総合的に作用して変化するということね。
納豆のように、麹菌?を付けて、それで発酵するという話も見たような記憶が・・・
それはちょっと拡大解釈しすぎじゃないかな。湖南省の茯磚茶(ふくせんちゃ)などでは、金花(冠突散嚢菌・かんとつさんのうきん)という菌が有効に働いていることで知られているんだけど、そうした特定の菌だけを選んで菌付けして製造する試みもしたそうです。が、それだと天然の常在菌で発酵させたものとは味が違ってしまったらしい。個人的にも特定の微生物だけで発酵させたというお茶を飲んだことはあるけれども、黒茶であれば本来消えるべき刺激のある成分が残っていて、発酵不良のような印象を受けたしね。お茶と微生物の世界の関わりは、まだまだよく解明されていない気がします。
実際、中国で黒茶を製造している企業のトップでも、微生物は黒茶の発酵には関係無い、と言い切る方もいるので、微生物とお茶の発酵の関係性は、まだまだ良く分からないことが多いです。
なお、中国においては、黒茶の渥堆では、主に空気に触れた状態で行う、好気性(こうきせい)発酵が主です。
一方、日本で一部の地域で見られる黒茶とされるもの(碁石茶、阿波晩茶、石鎚黒茶など)は、空気に触れないようにして漬物のように漬け込む、嫌気性(けんきせい)発酵のものであり、乳酸菌の働きがメインで味わいは大分異なります。
※日本の黒茶でも富山県朝日町などで生産されているバタバタ茶は、好気性発酵であり、中国の黒茶との共通点は多いです。バタバタ茶伝承館では、製造道具などの展示も行われています。
好気性・嫌気性発酵のいずれにしても、黒茶とは、原料の緑茶に含まれていたカテキンなどのポリフェノール類を渥堆工程で変化させ、味わいをまろやかにしたものです。
黒茶は、従来は少数民族向けに販売される下級茶の扱いだったのですが、近年はその健康に与える影響や寝かせれば寝かせるほど味わいがよくなるという特徴などから、徐々に人気が高まってきている茶類です。
黒茶の一部の製品は、寝かせることで品質が良くなると言われていて、コレクターもいるぐらいだよ。
”飲める骨董品”という一面もあるので、高価なものは本当に高価よ。その一方で、少数民族の方々の日常茶でもあるので、両面性があって面白いわね。
黒茶の種類
黒茶は生産する地域によって、タイプが全く異なります。
かつて中国のお茶の生産量が少なかった時代は、それぞれの少数民族にきちんと茶が行き渡るように、四川省はチベット向け、湖北省は内モンゴル向けなどのように生産地と消費地が結びつけられていました。
が、最近では自由化されてきており、産地間での競争も始まっています。
湖南省(安化黒茶)
現在、黒茶のトップシェアを誇るのが湖南省です。
主に安化県などを中心に生産されており、主要な製品には以下のようなものがあります。
・湘尖茶(天尖茶、貢尖茶、生尖茶)
・黒磚茶
・茯磚茶
・花磚茶
・花巻茶(千両茶、百両茶、十両茶など)
湖南省の黒茶の原料茶(黒毛茶)は比較的短時間の渥堆を行った後、七星竈(しちせいかまど・七星灶)と呼ばれる乾燥炉に入れ、松の木を燃やして、煙で燻すような形で乾燥を行います。
そのため湖南黒茶には、少し煙の香りがある傾向があります。
現在、中心となっている製品は、千両茶(せんりょうちゃ)などの名前で知られる花巻茶(はなまきちゃ)と茯磚茶(ふくせんちゃ)です。
名前が色々あって、ややこしいですね・・・
基本的に小さな芽の部分を使って作る散茶(さんちゃ・固めずバラバラになっているお茶)で出荷されるのが、湘尖茶(しょうせんちゃ)。天尖、貢尖、生尖の順番に茶葉の細かさ(等級)が下がっていくイメージだね。黒磚茶(こくせんちゃ)は、原料茶をレンガ(磚)状に固めたもの。茯磚茶(ふくせんちゃ)は、固めた後に発花(はっか)という工程を経て、金花(きんか)と呼ばれる冠突散嚢菌(かんとつさんのうきん)という菌を増殖させたものです。渥堆をもう一度やるようなものなので、黒磚茶よりは味が円く感じられると思います。
ふむふむ。
”金花”というワードが出てきたら、茯磚茶と考えると良いと思います。”金花”には、さまざまな健康効果があるとされていて、今、色々な研究が進められているところです。なお、茯磚茶は湖南省だけではなく、他の地域でも作られています。四川省でも生産されていますし、茯磚茶の原産地である陝西省では涇渭茯茶(涇陽茯磚茶)というお茶が復刻されたり、最近は浙江省などでも製造されています。製法がそれぞれ違うので、味わいには違いがあります。
茯磚茶はチェックした方が良さそうですね。飲んでみよう・・・
それから花磚茶と花巻茶だけれども、基本的に原材料は一緒で、形状の違いと考えても良いと思います。花磚茶は、レンガ状の形になって、表面に紋様がついています。花巻茶が今、安化県では生産量が一番多いそうなんですが、これは柱のような形をした竹の籠にお茶を詰めて固めたものです。千両茶は、昔の中国の重さの単位で千両(31.25kg)を固めたもので、柱のような大きなお茶です。その上には万両茶という規格もあって、312.5kg。
えーーー、300kgを超えるお茶って・・・
まあ、日本では見る機会が無いと思うけどね。千両茶は輪切りにしたものが比較的入手しやすいけど、かなり固いので、崩すときには要注意です。
四川省(雅安蔵茶)
黒茶の発祥の地とされているのが四川省です。
四川省の各地で黒茶は作られていますが、代表的な銘柄になっているのが、雅安市で作られチベット(西蔵)向けに出荷される蔵茶(ぞうちゃ)と呼ばれるお茶です。
プーアル茶と同じように思われることもありますが、蔵茶は小葉種を原材料としており、プーアル茶は大葉種を原材料としています。
発酵の期間も蔵茶の方が長く、より刺激物の少ないお茶と言えるかもしれません。
蔵茶には、主に3つの銘柄があります。
・雅細(がさい)
・康磚茶(こうせんちゃ)
・金尖茶(きんせんちゃ)
雅細は、芽の部分などを使った高級茶でチベットの高僧など向けのお茶とされていたものです。一般的な蔵茶としては、康磚茶、金尖茶があります。この2つは基本的には製法は同じなのですが、使っている部位が違います。
部位、というと?
チャノキは、木というぐらいだから、若葉の部分は緑色で、下の木の方は白っぽく木質化していますが、その切り替わる境目の部分は紅くなっていて、この部分を紅苔と呼んでいます。紅苔よりも上の方の茶葉を使うのが康磚茶で、紅苔の下の方まで使うのが金尖茶。材料のグレードとしては康磚茶の方が上なんだけど、チベットの中でも地域によっては金尖茶を好む人たちもいるので、両方の規格が共存しています。
伝統的なサイズも違っていて、康磚茶は500g、金尖茶は2.5kgが1つの単位になっているわ。
淹れ方はヤカンで煮出すのもオススメ。1リットルに5gぐらいを入れて数分煮出せばOK。お茶パックを使うと便利だよ。
雲南省(普洱茶)
おそらく、日本で最も身近な黒茶が普洱(プーアル)茶ではないかと思います。
普洱茶は雲南大葉種の晒青緑茶を原料に用いたものです。
製法の違いにより、
・普洱茶(生茶)緊圧茶
・普洱茶(熟茶)散茶
・普洱茶(熟茶)緊圧茶
の3種類に分けられるとされています。
「生茶」というのは、渥堆を施していない普洱茶のことで、「熟茶」は渥堆を行った普洱茶のことです。
あれ?普洱茶(生茶)の散茶というのは無いんですか?
そう。生茶の散茶って無いのよ。なぜなら、それはただの晒青緑茶だから。黒茶ではなくて、緑茶の分類になる。
え、それだと、生茶の餅茶は緑茶ですか?
プーアル生茶の場合は、緊圧をしたら緑茶から黒茶になります。これの根拠なんだけれど、普洱茶の基準の中に「後発酵(post-fermentation)」という言葉が定義されていて、そのスタートが生茶の緊圧という解釈になるから。なぜかというと、緊圧の時には蒸気を当てて熱と水分を加える上に、圧力をかけることで細胞壁が破損する。これで後発酵のスタートが切られるので、緊圧したところから黒茶扱いになるというわけ。
なるほど。散茶は緊圧していないから後発酵がスタートしていない。だから緑茶扱いというわけですね。
普洱茶はポリフェノールの含有量の多い大葉種を用いるため、味も濃厚なお茶になります。
生茶の場合、最初は渋みが勝ったものになりがちですが、年月を経ることで微生物、酵素、湿熱、酸化などの総合作用である”後発酵”が進み、ポリフェノールなどが転化し、色が濃く、味わいもまろやかになっていきます。
一方の熟茶は、渥堆によって発酵をスピーディーに進めてから出荷します。
こちらは既にある程度の成分が渥堆で変化した状態で出荷されますので、年月を経ても、変化の増分は大きくありません。
いわゆるビンテージとされる普洱茶の多くが、熟茶ではなく生茶に多いのはこのあたりに理由があります。
※なお、普洱茶に熟茶の製法がもたらされたのは、1970年代以降ですので、それ以前の普洱熟茶はありません。
湖北省(青磚茶)
湖北省では、赤壁市を中心に青磚茶(あおせんちゃ)という黒茶が作られています。
これは老青茶と呼ばれる原材料をレンガ状に緊圧したもので、メーカーのブランドになっている「川」の字がプリントされているので、川字茶としても知られています。
主に内モンゴル自治区や甘粛省、新疆ウイグル自治区などに出荷されているほか、ロシアやモンゴルにも出荷されています。
漢字が読めない人たちにも、「川」の文字の記号で覚えられているらしいよ。
広西チワン族自治区(六堡茶)
広西チワン族自治区の梧州市(ごしゅうし)では、六堡茶(ろっぽちゃ)という黒茶が生産されています。
名前は、梧州市の蒼梧県六堡郷を原産とすることから来ています。
陳化という寝かせる工程を経て、籠に入れて出荷されることが多く、少し松の煙の香りやビンロウのような味があると表現されることがあります。
このお茶は、広西チワン族自治区内や広東省、香港・マカオなどのほか、東南アジアの華僑向けに出荷されています。
南方の蒸し暑い環境で熱病を防ぐ働きのあるお茶ということで愛飲されていたようね。
近年では、急速にブランド化が進んでおり、生産量も急増しているお茶です。
黒茶は普洱茶だけかと思っていたんですが、色々あるんですね。
以前は中国のお茶の生産量が限られていたこともあって、少数民族向けに割り当てられた量しか買えないお茶だったからね。実際、蔵茶などは漢民族は工場の人であっても飲めないお茶とされていたんだ。ところが、最近はどんどん一般の人にも飲んでもらおうという流れになってきたし、品質も良いものを作ろうという動きが強くなってきたので、日本でも色々な黒茶が入手出来るようになってきているよ。
このほか、安徽省の安茶(あんちゃ)、陝西省の涇渭茯茶(けいいふくちゃ)など、黒茶はまだまだあり、生産量が上昇中の茶類です。
<今日のまとめ>
・黒茶は、渥堆という工程で、水分、熱、酵素、微生物などの総合的な作用で成分を変化させたお茶である。
・渥堆は、茶葉を堆積して水分を与える(渥す)ことで、空気中の微生物を呼び込み、反応をスタートさせる。
・黒茶は寝かせれば寝かせるほど良くなる、という特性があると考えられており、コレクターも多くいる。
続く。